yellowについて

2026年4月25日


ギターを弾き始めてから一年間ぐらいになった。

あの時、毎日練習しようと思っていて大体できたけど、秋に手が怪我して弾けなかった時期も長かった。しかし、ここまで弾けるようになって嬉しい。

小さい頃からずっと音楽が好きだった。ずっと聴いていてずっと歌っていた子だった。今年アメリカに帰った時、弟に2002年に録音したカセットテープが見せられた。Gabrielle's Songsというカセットテープ 自分が作った曲だったか記憶で聴いていた曲の再現だったか曖昧だった(2001年に上映された『シュレック』の影響かもしれないけど、途中でジョーン・ジェットの「Bad Reputation」を歌うことになった)。しかし、そのカセットテープを通して私がずっと前からミュージシャンの心を本当に持っていたじゃないかと気づいた。小さい頃自分で曲を作ることの記憶はあるけど、自分の音楽教育があまり応援されなかった気がする。実は、それで、家族に「うるさい」がよく言われていて歌う行為に対する恥が結構あった気がする。今も恥あるかもしれない。

大学院でミュージシャンの友達が作れて、そういうきっかけで日本のアングラ音楽文化に少し入り込んできた。すごく尊重する友達の音楽活動を見ていて、「自分もできるんじゃないか」気持ちも気づいた。

だから、ギターをやろうと決めた。

何か月間、コールドプレイの「Yellow」という曲を練習している。まだまだところが多いけど、この曲を弾くと心が落ち着くと思う。

今日、少し今までできた演奏を記録しようと思って、そのあと、この曲は私に重い意味を持っているものかもしれないと気づいた。

「Parachutes」というコールドプレイのアルバムのCDをモールの本屋で買うことをはっきり覚える。15・16歳だったかも。高校の時、ガリガリ勉だったし、いい大学に入学するため毎日深夜まで勉強しながら大体ミューズとコールドプレイばかり聴いていた。歌うのはストレスの対処になった。いつも他のことをしながら歌っていた。毎日真面目にシャワーを浴びていたけど、綺麗になりたかった訳じゃなくてシャワーで歌いたかったからだった。家で一人になったら、いつも隣の家にうるさいか心配していたぐらいのすごく大きな声で歌っていた。

私にとって、「Parachutes」は特別なアルバムだった。高校は自分の人生の中で非常に大変な時期だった。特に、17歳頃から大変なことが続々と起こった。家でも学校でも安全な場所はなかった。あのとき、学校には友達が一人しかいなかった。彼女が忙しい時、一人で昼ご飯を食べていた子になった。悩みが多すぎたのに、安全に相談もらえる人はあまりなくて、色々一人だけで処理しないといけなかった。今、そういうことを振り返ると悲しくなる。

17歳の誕生日に運転免許を取った。母親は色々な用事をさせたかったから、車ももらった。2010年のトヨタヤリスだった。赤かった。

車の中で遠慮せず歌えた。あそこだけ自由だった。あそこだけ安全だった。

「Parachutes」は、私の一人の深夜ドライブのアルバムになった。聴きながら、大きな声で歌って泣いていた。

「Yellow」は「Parachutes」の中で一番好きな曲ではないけど、ギターを練習するためのアプリが突然におすすめしてくれたから、やってみようと思った。高校の時(今もかも)人気のあるものが好きじゃない子だったからね。

しかし、今日気づいたのはこの曲を演奏することであの苦しんでいる青春のガブとつなげていることだ。

カウンセリングを始めてから8年間ぐらいになった。そして、2023年頃からセラピストとEMDRというトラウマ癒し方をやり始めた。自分で色々の心理学の論文や本を読んで、特に『トラウマによる解離からの回復: 断片化された「わたしたち」を癒す』の影響で、EMDRで内部家族システムモデルを使いたくなった。段々気付きとマインドフルネスの能力を上がりながら、セラピー内外自分の断片化されたわたしたち(パーツ)が感情のフラッシュバック(この概念は『複雑性PTSD : 生き残ることから生き抜くことへ』からもらった)に入っている時期を認識して、パーツとの対話を通じて自分の中から慰めることができるようになっていく。

最近アメリカにいた時、ある日一人で近くの公園に行った。ぶらんこやスライドに乗ったりしていて、小学生のガブと遊んだ。そのあと、アルミ製観客席を見つけた。16歳の時の思い出が急に戻ってきた。高校の彼氏と最初のデートに似ている公園の観客席に座っていた。あのとき、恋愛は怖かった。あのとき、全てが怖かった。

あのときのガブと話して、信用できた大人が必要性を非常に感じていた。あのガブはすごく独りぼっちだった。しかし、私はあのとき必要だった大人になってきた。あの公園で悩みを慰めて一緒に泣いていた。

今日も「Yellow」を弾きながら、あのときのガブと大事な時間を過ごしている。あのガブの趣味と好みと才能を肯定している。今のガブの趣味と好みと才能も肯定している。弾きながら、あのガブの悩みの再現を通じて、ここまで成長してきたこともはっきりと見える。死ぬまであの苦しみを持つことになるかもしれないけど、今一人じゃない。今は、自由だ。

青春のガブへ、歌ってもいいよ。

あなたの歌は美しい。


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